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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)64号 判決

原告

中原宏文

右代理人

杉山忠三

被告

あおいタクシー株式会社

右代表者

永田浅雄

右代理人

松岡義彦

主文

被告は原告に対し百八十一万六千五百六十七円及びうち二十三万一千二十円に対する昭和三十八年二月十三日からうち百五十八万五千五百四十七円に対する昭和三十六年十月三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告に対し、原告が名古屋大学医学部附属病院から原告の左拇指内転位拘縮治療のための手術等の治療費の請求を受けたとき、直ちに六万四千四百五十三円及びこれに対する右請求のときから完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、申立

原告―被告は原告に対し百八十八万千二十円及びこれに対する昭和三十六年十月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求める。

被告―請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求める。

二、請求原因

(1)  被告は普通乗用自動車愛五あ六一五二号を自已のため運行の用に供している。

(2)  立松稔は昭和三十六年十月二日午前七時五十分頃名古屋市北区辻本通四丁目二十八番地先路上を被告のため右自動車を運行南進中、右道路を第一種原動機付自転車を運転して北進してきた原告に衝突した。

(3)  原告はこの衝突により左橈骨骨折、正中神経まひ、左橈骨動脈断裂手関節瘢痕萎縮等の傷害を受け、同日から同年十一月二十六日まで名古屋市北区愛知県立城北病院に入院し、同日から昭和三十八年二月十三日まで同市東区市川病院に入院し手術等の治療を受けたが全治しない。現に左手関節外反変形及び拘縮、左橈骨下端の変形治癒、左手五指の著しい萎縮、特に左拇指内転位拘縮があり、五指の迅速な運動は不可能である。正中神経のまひも存在する。

(4)  原告が事故により受けた損害は次の通りである。

(イ)  市川病院における昭和三十七年三月一日以降退院までの入院治療費二十三万千二十円

(ロ)  名古屋大学医学部附属病院において前示後遺症を治療すべく手術をする必要があり、その入院療治費及び雑費十五万円

(ハ)  原告が事故によつて失つた将来の得べかりし利益少くとも百万円。その算定の根拠は次の通りである。

(A) 原告は大工である。原告は沖江博外二名とともに建築請負業(主として大工仕事)を共同で営み利益は平分する旨約し、これを四合組と命名した。四合組は事故当時迄名古屋市中区瓦町所在建築業鵜飼組から建築工事の注文を継続的に受け、一月平均十四万円以上の利益をあげていた。これを平等に分配したので原告の得た利益は一月三万五千円以上となる。原告はこのほか一カ月に数日間四合組とは無関係に大工仕事に従事、その日当として千五百円、一カ月最低五千円を得ていた。従つて原告の月当り総利益は四万円となるが、ここでは内輪にみて平均三万五千円あつたというべきである。

(B) しかるに、労働者災害補償保険法の障害等級表によれば原告の右各障害は第七級六項、第八級七項、第十二級八項、第十四級九項に相当し、結局第六級に該当するから、労働能力喪失率は六十七パーセントとなる。即ち喪失利益は月額二万三千四百五十円となる。現に原告は前記病院退院後は左手の故障のため大工仕事ができず、印刷、製本、マーク製造等の事業者に雇われ軽作業に従事し月収一万二千円程度を得ているにすぎない。従つて喪失利益は月額二万三千円である。

(C) 原告は事故当時二十一才余であるから、平均余命四十七年余であり今後の労働情勢等を考慮しても少くともその後三十四年間は労働ができ前示利益をあげ得る。そこで右喪失利益を一年毎に年五分の中間利息を控除し事故時の一時払額に逆算すると五百万円をこえる。よつてその内金たる百万円を請求する。

(D) 原告が将来右手術を受ければその労働能力が向上しうるけれども、手術の結果が最もよくてもなお五分程度の労働能力が今後引きつづき失われる。

(ニ)  慰藉料 五十万円

算定の根拠は次の通りである。

(A) 原告は山口県の貧農の家に生まれ、兄一人妹四人である。中学卒業後直ちに名古屋市に至り、五年間の見習修業をへて一人前の大工となり、鵜飼組に勤務し、やがて四合組の結成をみるに至つた。

原告は本件事故により長期の入院生活を強いられ、辛苦して身につけた大工職を失い、前示軽作業を連日行うことは不可能であつて、収入減少し、極度の貧困状態に陥り、岡部ちゑ子から生活上の援助を受け、なお前示再手術の費用すらなく、法律扶助協会の扶助を得てようやく本訴に及んだ次第である。

(B) 被告は一般乗用旅客自動車運送事業を営むものである。被告は原告のため前示城北病院における入院治療費全額及び昭和三十七年二月末日までの前示市川病院における入院治療費全額を支払つたほか、数回従業員をして原告を見舞わせたにとどまる。

(ホ)  原告は被告に対し右合計百八十八万千二十円及びこれに対する事故後である主文記載の日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める。

答弁

請求原因事実(1)(2)(3)は認める。本件事故発生につき原告にも過失があつた。(4)(イ)は認める。(4)(ロ)中再手術の必要性があることは認め、治療費は争う。(4)(ハ)は争う。(4)(ニ)(A)は争う。同(B)は認める。被告が各病院に対して支払つた額は十九万五千六百八十五円である。被告は原告に対し治療費全額を負担する旨申出ていたものである。

原告主張の再手術により後遺症が治癒するものならば手術後の利益喪失はない。

四、証拠<省略>

理由

一、事故発生と傷害について、請求原因事実(1)(2)(3)は争がない。

二、過失相殺について、<証拠>によれば、立松稔は右自動車を運転して幅員十六米(片側八米)の舗装道路を時速五十粁以上で南進中、前方に同一方向に進行する小型貨物自動車を追越そうとする直前反対側車道の中央よりやや外側(西側)を原動機付自転車を運転して対進してくる原告を六、七十米前方に発見したこと、当時小雨で路面がぬれ、スリツプの危険があつたことが明らかである。かかる場合自動車運転者はスリツプを見込み、かつ危険を察知すれば直ちに衝突をさけうる程度の速力をもつて進行すべき注意義務があり、かつ右側部分を利用しての追越は禁止されている。<証拠>によると、立松は敢て時速約六十粁をもつて道路の中心線をこえて右側部分に出て右自動車を追越した過失により、原告の三〇米手前で衝突の危険を感じ急停車の措置をとつたが及ばず約十八米スリツプして原告に衝突したこと、衝突地点は右道路の中心線から西方約一米五十糎の地点であつて、原告は衝突寸前道路左側部分の中央よりやや右寄りを運行していたことが明らかである。しかし、立松の過失は極めて重大であるに比し、原告の過失は軽微である。

過失相殺の法理は結局損害を加害者被害者間に衡平に分担させることを目的とするのであるから、その適用に当り、双方の運転する車両が道路交通に及ぼす抽象的危険性の差異を考慮するのを相当とする。しかるときは被告の車両の危険性の方が大である。

かような各事情を併せ考えると、本件の場合過失相殺を行わないのを相当とする。

三、過去の治療費について請求原因事実(4)(イ)は争がない。この賠償債務の履行期はおそくとも原告が市川病院を退院した昭和三十八年二月十三日に到来したと推認できる。

四、将来の治療費について、<証拠>を総合すれば、右後遺症中左拇指内転位拘縮に対し腱形成術及び関節形成術等の治療を施せば、入院所要期間四週間で右後遺症治癒の可能性があり、このほど原告は名古屋大学医学部附属病院に右手術のため入院を申込み承諾をえたことが明らかである。この手術が治療のため必要であることは争がない。調査嘱託の結果によると、その入院治療費は六万四千四百五十三円であると認められる。その余の雑費等については原告本人の供述によつてもこれを肯認するに足りない。

被告が前示過去の治療費を賠償しない事実にかんがみ将来の治療費は現に請求する必要があると認める。その履行期は右病院から原告に対し治療費の請求があつたときである。

五、喪失利益について

(イ)  <証拠>によれば、請求原因事実(4)(ハ)(A)の事実が認められる。従つて原告は事故直前大工として月平均少くとも三万五千円の利益を得ていたというべく、事故がなければ右程度の利益をその後も取得しえたと推認できる。

(ロ)  原告が昭和三十六年十月二日から昭和三十八年二月十三日まで入院加療したことは争がないから、原告はこの間何らの労働に服することができず、右一月当り三万五千円の利益を全部失つたというべきである。

(ハ)  <証拠>によれば、原告は事故時二十一才余であり、退院後前示の左手障害のため大工の仕事に従事できなくなり、印刷製本、マーク製作等の事業主に雇われ軽作業に従事し月収約一万二千円を得ていることが明らかである。<証拠>によると、原告のうけた右後遺症に労働者災害補償保険法別表第一労働基準法施規則行第四十条及び別表第二を適用すれば、原告主張の等級に該当することが明らかであるから、結局右は第六級に相当しその障害給付が死亡の場合の遺族給付の六割七分に相当することにかんがみ、原告の労働能力喪失率は六割七分というべきである。これらの事実と(イ)の得べき利益とを比較し、原告は右後遺症により昭和三十八年二月十四日以降少くとも毎月二万三千円の得べかりし利益を失つたものと認められる。

(ニ)  ところで前示のように腱形成術等の手術を受ければ、後遺症中左拇指内転位拘縮が治療する可能性がある。しかし原告本人の供述によれば、原告は本件事故に伴う各種出費のため貧困状態におちいり、右手術に必要な前示費用を支出する経済的能力がなかつたので手術を依頼できなかつたことが認められ、前示のように原告はこのほど名古屋大学医学部附属病院に右手術のため入院を申込み、承諾をえて近く手術のはこびとなつたから、右手術の遅延に伴う損害の増大につき、原告に過失はない。

(ホ)  前示(ロ)(ハ)による事故発生から本件口頭弁論終結の日である昭和四十年七月十九日までの喪失利益から、事故時以降の年五分の中間利息をホフマン式計算法により控除して事故時の現価を算出すれば、百八万五千五百四十七円をこえることは明らかである。従つて右手術により原告の労働能力がどの程度回復し以後の喪失利益月額がどの程度減少するかにつき判断する必要はない。

(ヘ)  結局財産上の損害賠償請求百三十八万千二十円は全部理由がある。

(ト) 附言するに、原告は喪失利益が五百万円以上あるとしてその内金百万円を請求しており、右認定の喪失利益はこの請求額をこえるものである。しかし不法行為による財産上の損害賠償債権は本件のようにそのうちに入院治療費と喪失利益との二項目を含んでいてもなお訴訟上一個の請求であるから、そのうちの特定項目につき請求額以上の債権額を認容しても、財産上の損害賠償債権全体につき認容額が請求額を超えない限り、民訴法百八十六条違反の問題を生じない。本件の場合はまさにそれに該当する。

六、慰藉料について

請求原因事実(4)(ニ)(A)は原告本人の供述により明らかであり同(B)は争がない。この事実と前示本件事故の態様、原告の受けた傷害、とくに後遺症、治療、労働能力の減退に伴う経済的不利益を併せ考えると被告が原告のため昭和三十七年二月末日までの入院治療費を支払つたこと(この事実は争がない)を考慮しても、原告は甚大な精神的損害を受けたものというべく、その慰藉料は五十万円を下らないことは明白である。

七、結論

原告の請求中過去の治療費、喪失利益、慰藉料の各元本の即時支払を求める部分は理由があり、将来の治療費元本は前示病院からの請求をまつて履行期が到来するからその限度で理由があり、その余は理由がない。これらの元本に対する年五分の遅延損害金請求中過去の治療費に対しては昭和三十八年二月十三日から、将来の治療費に対しては前示病院から請求のあつたときから、喪失利益及び慰藉料に関し事故発生後である昭和三十六年十月三日から各完済分までの分は理由がありその余の分は理由がない。

民訴法八十九条九十二条百九十六条を適用して主文のとおり判決する。(沖野威)

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